ポリネシア人と食塩
人間だけでなく温血動物は食塩が欠かせない。まるで生命の隠し味のごとし、なくてはならない生活必需物質なのだ。
人間の食塩摂取は、岩塩系か海水系か、このどちらかが相場。一般に、大陸人は岩塩を重宝するが、島嶼人は、海水中の海塩を利用する。ほかにもマイナーなタイプがある。たとえば、生血系と木灰系。アフリカのマサイ人などは家畜などの生き血をすすり、塩分を補給。ニューギニアには、「塩の木」を焚き火で燃やし、その灰を食することで塩分を摂取する文化があるそうだ。
その昔、筆者は、南太平洋のポリネシアの島々に出かけ、人類学の調査活動に心血をそそぎ、つつましき暮らしに塩を踏んできた。塩、あるいは食塩に関しては完璧なる海水系のポリネシア人について、いくつかの記憶がある。その塩体験のようなものを記しておきたい。
小さな島に調査団を派遣するとき、かならず、醤油と山葵と出刃包丁とを準備した。これらは、われわれ日本人調査隊が島で暮らすときの必需品。三種の神器と称した。出刃包丁とは穏やかではない。いまなら、機内預かりにできても、出入国に際しては難儀をするだろう。
ひとつは、生魚つまりは刺身を食べるため。もうひとつは、塩分補給のため。つまり、魚を旨く食べ、同時に必要な塩分を摂取するという趣味と実益を兼ねた食事をするための必要不可欠品だった。
まわりは海だらけだから、魚介は摂れるが、潮水に漬けて生齧りはすれども、煮付けの文化がない。焼き石かフライパンで焼くだけだから、なんとも味気ない。ことに塩味の物足りないこと。
それにポリネシア人の生活では、食塩などは皆無。ふんだんにある海水だけが調味料だ。ココナツの内果(コプラ)の粉を海水に混ぜたタイ・アカリ(ココナツ海水)か、海水そのものであるタイ・カイ(飲む海水)を、なんにでもかけて食べる文化なのだった。
そんな日々、日本人のわれわれは、しばらくすると、塩辛いものへの渇望がたまらなくなる。米飯の醤油かけなどは、この世のものとは思えない絶品となる。それに誰かが持参した塩味たっぷりの煎餅を奪いあうことになる。
そんなことを思い出す年頃になった今日この頃である。
片山一道(京都大学名誉教授/自然人類学)