第2回 アタカマ砂漠の岩塩(チリ共和国)

南米の太平洋岸に沿って、南北7,500kmに渡って続くアンデス山脈がある。壁のように立ちはだかるこの山脈は、海底のナスカプレートが南米大陸にぶつかり、下に沈みこむことで生まれた。

アンデス山脈の一角、チリ北部に激しく褶曲した大地、アタカマ砂漠がある。地球上の砂漠の中で、ここは最も乾燥した場所、海が干上がってできた塩の大地だ。

標高3,000mの高所を四駆が喘ぎながら黒煙をあげて走っていると、眼下に浸食の激しい凸凹の谷が見えてきた。その中央部に「月の谷」と呼ばれる陥没した岩塩の大地がある。溶解と結晶を繰り返して岩塩を作り成長させている場所だ。

「月の谷」の景観。カルデラや火山灰のような景色は太古の塩湖跡。更に奥にはアンデス山脈の地下水を集めてできた塩の湖や塩原が広がっている。

 

生物の影も見当たらない「月の谷」に立つと、草木1本生えない赤い大地は、再結晶した塩で覆われて積もった雪のように見えた。切り立った垂直の断崖には長い時間をかけて塩と土砂が堆積していった様子が縞模様になって刻まれている。それはウユニ湖で切り出した塩の断面と同じで太古の「月の谷」を連想させた。

近くには硫酸カルシュウムでできた岩塔がある。 水と結びついたジプサムという硬い石膏の結晶でおおわれている。硫酸カルシュウムを含んでいる地層は海水が蒸発した土地だといわれていて、アタカマ砂漠の生い立ちを物語っていた。

「月の谷」の断崖と地面を覆う再結晶した塩。断崖の壁には塩水の中で最初に結晶する石膏、塩、そして土砂の順に積み重なっている地層があった。地面には地下水が運んできた塩が結晶している。

 

「月の谷」はこつぜんと地下から現れた太古の大地で、約5,000万年前の塩湖の底にあたる。それが今、塩と土で形成された山を浸食して、また元に戻ろうとしている。

クレーターや大地を覆う白い火山灰の景観は地下水が岩塩層をとかして地表に運んだ塩の姿だ。

「月の谷」の湖底跡。1本の草木もない褐色の山を塩がぼろぼろに崩していく。盛り上がった中身は岩塩。地下水から融けだした塩が地表で再結晶して低地に溜まっていく。この塩はアンデス山脈の雪よりも白く見える。

 

塩は湖の中で水平に堆積していくが、やがて地殻変動で地層が褶曲したり、ひっくり返ったりして厚くなり岩塩になる。岩塩は他の岩石より軽いため地層の圧力を受けると、柔軟に形を変えて地層の隙間に入り込み、柱状になる。そして先端は球状になって上昇する。これが岩塩ドームである。

「月の谷」の一角に深さ100m余りの垂直の穴がある。岩塩ドームが崩落してできた穴は、かつて卵型をした岩塩があった場所だ。今にも崩れそうな周りの岩も土砂を被っているが全て岩塩。

 

崩れた崖の中腹に幅40cmほどの岩塩が宝石のようにはまっていた。岩塩の奥が透き通っているのは純度100%に近い証拠。純度の高い岩塩は無色透明で光をよく通す。

 

石膏の結晶・ジプサム。岩塩に似ているが、なめても味がない。

 

塩の地層は水で簡単に浸食されてしまう。アタカマ砂漠には地表を流れる川は少ないが、アンデス山脈の雪解け水が豊富に地下を流れて太平洋まで達している。

浸食された迷宮のような谷に足を踏み入れると、地面に接した岩塩の根元に水がつくった大小の穴が空いている。好奇心に駆られて50cmほどの割れ目から中に入ってみると、大きな空間にでて驚いた。そこには壁一面に色とりどりの岩塩の鉱脈が広がっていた。私にとってこれは、初めて見る塩の宝石箱、塩の不思議な世界を実感した。

陥没した穴から体をこごめて5、6m程下って行くと大きな空間にでた。中は地下水が流れて周りの岩塩を溶かし、床面に再結晶した塩が溜まっている。大理石のような白い岩塩は純度が高いクリスタルソルト。

片平 孝(写真家)

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