第1回 ウユニ塩湖(ボリビア共和国)

1980年代まで、四国の半分を占める広大な塩の湖ウユニは、知る人ぞ知る珍しい原初の世界だった。地平線の果てまでつづく塩の大平原は、蜃気楼に揺れて訪れる人に北極の大氷原を思わせた。

ウユニ地方一帯は、かつて海の底だったところで、アンデス山脈の隆起により海水が閉じ込められて塩分をたくさん含んでいる。その後、氷河期が訪れてウユニ地方は氷河におおわれてしまう。そして約2万年前、地球は再び暖かくなって氷河が融け始めると雪解け水は地中の塩分をとかしながら低地に流れ巨大なウユニ塩湖ができた。

雨期明けの4月、大斧を振りかざしてコリチャーニ村の塩の切り出しが始まった。大自然が作り蓄えてくれた塩をただ切り出し集めるだけで塩が手に入るうらやましい世界だが、3,700mの高地で薄い空気と寒風に晒されてする仕事はつらい。コカの葉っぱをかみ神経を麻痺させ、一休みごとに血のように赤い唾を吐きながらの作業が待っている。これがインカ時代からつづく先住民アイマラの生きるための糧であり彼らの唯一の宝である。

4月、海抜3,700mのウユニ湖に塩が結晶した。対岸まで120kmもある塩の大地で荒い息を吐き大斧を振りかざして塩を切り出すアイマラの男がいた。円の中央には切り損ねた塩が捨ててある。1日100から130個が切り出せるという。

6月になると塩の切り出しは最盛期を迎える。切り損ねた塩がたくさん湧き出した水につかっている。遠くから眺めると北極の海氷だ。遥か彼方にアンデスの山々が蜃気楼に浮かんで見える。ウユニの塩はアマゾンの奥地まで運ばれていく。

村から塩の採集所まで10km。毎日自転車で塩水の中をかよってくる。塩のブロックで作った休憩所は風を防ぎ、火を焚いて温かい食事がとれる。また唯一腰が下ろせる場所である。

10月、塩が結晶した湖は完全に干上がりコンクリートのように硬くなって切り出し作業は終わる。捨てた塩の塊が融けずに残っている。次の雨期にまた新しい塩に生まれ変わる。

 

しかし近年ウユニの環境は一変した。天の恵み、神様の贈り物か、誰も来ない雨季のウユニに突然世界中から観光客が押し寄せて、急に金持ちになってしまった。雨期に降る水深10cm程の雨が天空の鏡になって不思議な景色を映し出すからである。観光客は塩には全く興味を示さず、湖面に映る絵だけを夢中になってスマホやカメラで追いかける。これも不思議な光景だが、鏡に映った景色にはまってしまう。日本からも地球の裏側ボリビアに金と時間をかけてやってくる。そして大満足して帰っていく。「私が先にSNSに載せるから」と自慢げに張り合っているのも笑えないジョークだ。

月夜のウユニ湖。昼間スコップで集めたフレーク状の塩が水を切るためピラミット形に盛り上げられている。その遥か地平線上にオリオン座が逆さまになって沈んでいく。南半球では星座は逆さまに見える。当たり前のことだがすごく不思議な眺めだ。飽和に達した塩水は比重が重いので多少の風では水面が揺れず天空の鏡になって星がよく映る。

 

深夜、雨期のウユニ塩湖に映る天空の星々。西の空には金星が満月のような大きさで沈もうとしている。観光客が夢中になるのも分かった。また天空の鏡を作る飽和した塩水に大量のレアメタルが含まれていることも知った。いずれゴールドラッシュを迎えるウユニはいつまでこの天空の鏡をみせてくれるのだろうか。

 

さらに新たな宝物が発見された。それは膨大な量のリチュウムが岩塩層の中に眠っていることだ。埋蔵量は世界の約17%を占める。電気自動車やパソコンのバッテリーなど21世紀の生活や産業に欠かせないこの鉱物資源は、今や世界中から注目されているし、ウユニ地方だけでなくボリビア全体の経済発展に確実に寄与していくだろう。その時、ウユニはボリビアの大工業地帯になっているかもしれない。ボリビアの副大統領が言った言葉が心に残った「リチュウムはボリビアの人々を貧困から救い出し安定した生活をもたらすだろう」と。

湖底の塩水の中で成長する塩の結晶。この塩水にはリチュウムなどが含まれている。

片平 孝(写真家)

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