塩の状態変化を楽しむ料理

どの本だったか忘れてしまったが、ちょっと意外なしかたで塩を使った、こんな料理について書いてあった。

幅の広いスライサーなどで大根をごく薄い輪切りにし、大きな皿いっぱいに重ならないよう広げてゆく。つぎに粒子の粗い、好きな塩を用意して、それを上からぱらぱらと適量、散らす。これだけ。

時間を置くと、大根の、塩の当たった部分から水分がじわじわ染み出し、それにつれて塩の粒が溶け始める。溶けてくると、最初はきつく感じられた塩分が丸みを帯びるようになる。大根それ自体の食感も変化する。最初はぱりぱり、最後はしんなり。とても料理とは言えないほどのシンプル極まりないひと皿だが、独特の楽しさがあって、たまにやりたくなる。とくに甘くておいしい大根が手に入ったときは。

大根だから日本酒が合うだろうが、ウィスキーでもいいかもしれない。塩が溶けるのを待つその間(ま)が、無聊を慰めるのにちょうどいいような気もする。

こんなふうに、時間経過によって、味わいが刻一刻と変化するような使い方をするとき、塩の特性の生きた美味だなあ、という感動を覚える。

夏の定番の枝豆もそう。塩茹でにするだけでなく、さやにも直接、粗塩をかける。昨今の新常識だろう。茹でるときに浸透した塩分だけではなく、口に直接当たる固形の塩が食欲を唆るのだ。この塩も、時間経過によって、ゆっくりと溶けてゆく。最初は硬い口当たりで、それはそれでビール欲求を高めるが、枝豆の濡れた皮とともにくたっとなる。それに触った指を舐めると、今度は冷酒が欲しくなって、自然に手が伸びる。

塩そのものの溶解のプロセスではないけれど、ある種の「塩漬け」からも、塩がゆっくりと食材の味わいを変化させる点で同様の──ただしもっと息の長い──楽しさを得ることができる。

高山なおみが紹介していた「塩豚」の食べ方はその最も素敵な例の一つで、我が家の食卓にもかなりしばしば登場する(以下、『dancyu 日本一の肉レシピ[愛蔵版]』から)。

まず豚肩ロースの塊肉に塩をして冷蔵庫に保存する。1~2日めは、塩豚ソテーがよいのだと高山は言う。「程よく引き締まったジューシーな肉そのものの味を楽しめるから」。

3~5日めは、塩豚パスタ。「若干、酸味を帯びて熟成感の増した塩豚は、絶好の調味料役になる」。青菜と塩豚とちょっとの水分がフライパンの上で混じり合うと、コクのあるおいしいソースが出来上がるというわけだ。私はこの頃の豚を薄切りして豚汁やほうとうをよく作る。味噌と合ってとてもおいしい。

5日めからは、ゆで塩豚。「こなれた旨味が凝縮、肉質もミシッと締まっていて食べごたえ抜群」。これにコチジャンをつけ、葉物野菜で巻いて食べるのである。

同じような塩漬けを、牛や鶏で作るという話は聞いたことがない。豚、とりわけ脂の適度に入った肩ロースの塊が具合良いのだろう。安いのもいい。塩して待つだけでこんなに感動的な味が何通りも得られるのだから、たいしたものだ。

三浦哲哉(青山学院大学文学部准教授)

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