味を引き出すのも、味が活きるのも塩!
フランスではよくシェフが朝のテレビの報道番組に登場し、インタヴューを受ける。料理人を大事にする国らしい。そこで定番の質問のひとつが「あなたの料理の秘訣は?」だ。
もう二十年以上前のことだが、今もよく覚えている。現在でも活躍をつづける超有名シェフが、「これです」と取り出したのが、なんと塩だった。
フランス料理といえば、多彩なソースが特徴だ。それを支えるのが、上質な乳製品である。フランスのバターは発酵バターが当たり前。発酵バターが高級品という日本とは大違いだ。
そもそもバターやチーズがうまいのは、もとになる牛乳がすこぶる美味しいからだ。フランスではフレッシュな牛乳の多くが味やうまみを損なわない低温殺菌だが、日本では高級をうたう牛乳でも手間のかからない高温短時間殺菌が多い。
牛乳好きのわたしは、フランスに行くと、かならずスーパーでフレッシュな牛乳を買い、そのままガブガブ飲む。牛乳の風味が感じられてとてもうまい。
そんなフランス料理を代表する三ッ星シェフが塩を取り出したことに、司会者も驚いてさらに尋ねると、「塩が素材の味を引き出す」という答えが返ってきた。
ところで、フランスでは1970年代に新しいフランス料理の一大潮流、いまや昔語りとなったヌーヴェル・キュイジーヌの大展開があった。その旗手は「市場の料理」を掲げた三ッ星シェフ、故ポール・ボキューズだ。先ごろ亡くなったジョエル・ロビュションもその流れをくむ料理人である。
このヌーヴェル・キュイジーヌ、日本ではよく1970年代にあいついで来日したフランス人有名シェフが(ボキューズもその一人だ)、日本で懐石風の料理やすしと出会い、それをフランス料理に応用したものといわれている。しかし、フランス側の文献には、日本の影響を語ったものはない。両国の見方の違いが面白い。
それはさておき、「素材の味を活かす」といえば、いわずとしれた日本料理の奥義。『美味求真』の木下謙次郎も「料理は材料の真味にあり」と説いている。
さて、その日本。フランスをはじめとした世界各地の塩をそろえ、素材にあわせて使い分けている、わたしの行きつけのすし屋がある。そこではマグロの赤身を塩で食べさせる。醤油よりマグロ本来の味が活きるからだ。
じつはこの塩はフランスのある土地の塩で、日本ではほとんど見かけない。毎年わたしがフランスから持ち帰って、この店に卸している。
フランス料理で素材の味を引き出す塩が、日本のすしの味を活かす。どちらも、料理の基本にあるのは塩だ。ただし、「味を引き出す」と「味が活きる」という主客の力点の置き方の違いに、日仏の料理文化の違いが現れているのかもしれない。
福田育弘(早稲田大学教育学部複合文化学科教授)