塩づくしの生活

日本には、様々な調味料が溢れている。カツオ・昆布・椎茸などの出汁、醤油・味噌・酢などの発酵調味料、みりん・砂糖などの甘味、うま味調味料、ケチャップ、マヨネーズ、スパイス、ハーブなど挙げればきりがない。世界の他の国々の人たちと比べて、私たち日本人は食への関心が高く、味へのこだわりが強いとされ、多くの調味料を使い分けている。それは塩にも現れている。料理に合わせて、海水塩・岩塩・湖塩・藻塩・塩とスパイスやハーブを組み合わせたフレイバーソルトなどを使い分けているうえ、産地や製塩所にこだわる人もいる。近隣の小中規模食料品店を10軒回ったところ、4〜11種類の塩を販売していた。このように、数々の調味料が生み出されている日本では、容易に様々な味を楽しむことが出来る。

住み込んだエチオピアの村

 

昼食の酒を飲む人々

 

一方、エチオピア南部の農村には、塩を唯一の調味料とする人びとが暮らす。私は、大学院生の頃から、エチオピア南部の農村に住み込んでフィールドワークを実施してきた。私が主な調査対象としたのは、穀物の酒を主食にするという特殊な食文化をもつ人々だった。彼らは、酒をほぼ唯一の総合栄養食品としており、その飲酒量は1日平均5 kgにもなる。それ以外の食べ物は、穀物粉を白玉団子のような形に丸めて植物葉と一緒に茹でた団子と、モロコシ粉末を円盤状にして焼いた無発酵パンの2種類しかない。穀物団子を煮るときに、ほんの少しだけ加える塩が唯一の調味料である。運良く唐辛子が手に入った時は、塩と唐辛子をすり潰し、酒のつまみにする。炎天下、木の下に座って、塩唐辛子を摘みながら飲む酒は、とても美味しい。

コーヒー豆を洗ってくれる村の女の子

 

コーヒーセレモニーをする街の友人

 

酒を主食にしない人びとにとっても、塩はほとんど唯一の調味料である。調査地の周辺に暮らす複数の民族の食事を調べたところ、いずれも毎回の食事で、穀物粉を白玉団子のような形に丸めて植物葉と一緒に茹でた団子を食べていた。一緒に、茹でた芋類・豆類・カボチャなどを食べることもある。これらは、全てわずかな塩で味付けされている。朝に飲むコーヒーの葉を煮出したお茶にすら、塩が入れられる。お茶と言うよりもスープのような味わいで、塩味と葉の渋みが刺激になって、飲むと目が覚める。調査地では、これを飲まないと朝は始まらない。また、エチオピアはアラビカ種の原産地で、お宅を訪問すると頻繁にコーヒーを用意してくれるのだが、農村ではコーヒーを抽出する際に塩を加える。一日中、農村調査で動き回って疲れ切っている時などは、立ち寄ったお宅で塩入りコーヒーを頂くと、塩分が体に染み渡るような心地がする。その時に、「生きるためには、適度な塩分の摂取が必要である」ことを実感し、塩は栄養でもあると感じた。まさに、塩づくしの生活だ。

調査地で1ヶ月以上暮らしていると、塩味だけではなく、甘味・旨味・酸味・苦味など、全ての味に対して敏感になっていく。少量の塩を加えただけでも塩味を、穀物団子を食べると穀物そのものの甘みを、コーヒーの苦味を、より感じ取るようになった。デスクワーク中心の日本での生活よりも体力を消費するため、身体に必要な栄養をより美味しく感じるのかもしれないし、味付けのレパートリーが少なく薄味なため、無意識のうちに毎日の食を楽しもうとして、舌が敏感になっていくのかもしれない。エチオピアで暮らさなければ、これほど「塩」を美味しく感じることも、これほど生きるための活力を与えてくれるものとして「塩」の有り難みを感じることも、無かっただろう。

砂野 唯(広島女学院大学専任講師)

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