家庭での塩グルメのすすめ
スーパーマーケットの食料品売場を眺めてみると、混ぜるだけ、かけるだけで味つけが完了する“合わせ調味料”のたぐいがあまりにも多いことに驚く。テレビやインターネットで紹介されるような本格的な味つけ、おしゃれな味つけが、時短でかんたんに再現できるようになった。
麻婆豆腐や八宝菜といった古典的な中国料理はもちろん、フランスのブイヤベースや韓国のチャプチェなど、各国料理のバリエーションも豊富だし、最近では単純なキャベツ炒めやモヤシ炒めにも、専用の合わせ調味料があるほどだ。
戦後の食生活で、もっとも大きな変化は、肉と油脂をたくさん食べるようになったことである。家庭のおかずに洋風、中華風が多く取り入れられ、日本人の味覚はあっさり好みから、こってり好みへと変わり、それにつれて調味料の種類が増えていった。
がいして合わせ調味料は、うま味がたっぷり、風味は複雑で濃厚。みながシンプルな味にあきたらなくなったため、これほど市販品が頼られるようになったのではないだろうか。
ひと昔前は、味つけにこそ我が家流があったのに、ごく平凡な和風の煮物も、市販のめんつゆで作るのが一般的になってしまった。ましてや家庭料理を塩だけで味つけする人は、きわめて少数だろう。
一方、外食では塩で食べる、あるいは塩だけで味つけする“塩グルメ”のブームが長く続いている。材料をよく吟味する高級な店、専門性の高い店ほど、その傾向が強い。
天ぷらやトンカツ、刺身に塩を添えるのは、もう当たり前。マグロを塩で漬けにしたり、白身魚やイカに塩をふって出したりする鮨屋もある。フランス料理でも、ローストした赤身肉には粗めの塩をふるのが、お決まりのやり方になった。焼き肉では塩ダレが幅をきかせ、焼き鳥にいたっては、味音痴に思われそうで、タレを頼みづらい雰囲気の店すらある。
和洋中ジャンルを問わず、腕がよいとされるシェフは、調理場に数種類の塩を揃え、それぞれの個性によって使い分けるのが、いまの標準。塩味をつけるという基本的な役割以上に、塩は食通好みの調味料として重要視されるようになった。
そこで、提案。家で料理を作るとき、塩グルメを取り入れて、たまには塩だけで味つけしてみよう。とくに味つけに苦手意識を持つ人は、試してみる価値がある。
たとえば肉を焼く、野菜を炒めるとき、ぐっと我慢して塩だけですます。すると、特別な材料やブランド塩を使わなくても、複雑で濃厚な味つけに慣れた舌には、そのシンプルさが、逆に新鮮なおいしさに感じられ、素材自体の味もよくわかると思う。塩味に敏感になることで、塩の摂りすぎを防げるかもしれない。なにより、合わせ調味料より、もっと時短で経済的だ。
畑中三応子(食文化研究家)