古代マヤ文明と塩

今日のメキシコ南東部のユカタン半島からグアテマラ、ベリーズ、エルサルバドル西部、ホンジュラス西部にかけて、かつて古代マヤ文明が栄えていました。以前は「密林に眠る謎の古代文明」といった神秘的なイメージが先行していましたが、現在では考古学を中心とした様々な研究が進み、その実態は日々、私たち人類文明の偉大な過去の一環として解明されつつあります。

人類文明にとって、塩は時に命をかけて争われたほど貴重なものです。現代を生きる我々にとっても、毎日の食事を美味しく仕上げたり、身体に作用して適切な代謝を可能にしたり、生活に欠くことのできない大切な要素です。それでは、謎と神秘の古代文明としてではなく、我ら人類文明の一環として古代マヤを見た場合、彼の地における塩とはいったいどのようなものだったのでしょうか。

現在の日本では、1日の塩分摂取目標量は男性(15歳以上)で7.5グラム未満、女性(12歳以上)で6.5グラム未満とされています。しかし、この指標が全ての住環境に適用されるかというと、必ずしもそうではありません。地球上には多くの自然環境が存在し、古代マヤ文明の栄えた地域の大部分はいつも高温で多湿な環境です。このように多くの発汗が予想されるような環境では、1日に必要な塩分量は増加し、8グラムから10グラムとなることが知られています。炎天下、大きな石のピラミッドを建造したり、トウモロコシ畑で働いたり、毎日の運動量が多ければなおさらです。これはマヤ文明圏における近現代の民族学の研究で報告された「平均して1日9グラム程度の塩を摂取していた」という知見とも合致し、また古代マヤの遺骨を特殊な理化学技術で分析した研究成果である「9.2グラムの塩分摂取」という計算結果とも合致してきます。古代マヤの食卓では現代の日本よりも若干塩味強めの食事が食べられていたのでしょう。

さて、ティカルやカラクムルなど古代マヤ文明を代表するような大都市には往時50000人前後の人口があったとされています。この大群衆が毎日9グラム程度の塩を摂っていたとした場合、一つの古代都市で年間に消費されていた塩の量はざっと計算しても実に160トン以上です。ティカルやカラクムルは内陸深くに栄えた大都市で、人々はどのように2トントラック80台分以上という大量の塩を得ていたのでしょうか。

答えは遠距離間で行われた積極的な交易です。近年の研究では魚の塩漬けが貴重な交易品としてマヤ文明圏を行き交っていたという成果が報告されており、スペイン征服直後のユカタン半島における人々の生活を記述したディエゴ・デ・ランダの『ユカタン事物記』にもマヤの人々が魚を「非常に美味」な塩漬けに調理していたという記述が残されています。また、近年カラクムル遺跡では「塩の人」というマヤ神聖文字の記述とともに、塩を売り歩いた商人の姿を描いたとされる壁画も発見されました。

メキシコ、カラクムル遺跡で発見された「塩の人」の壁画
画像出典:Valencia Rivera, Rogelio 2020 Aj atz’aam, “los de la sal”. El uso de la sal en la ciudad maya de Calakmul. Estudio de Cultura Maya 55:11-40.

 

古代マヤは活発な人の往来と遠距離交易に支えられた文明です。塩は都市に生きる人々の生活を支え、古代文明を行き交った極めて重要な交易品だったのです。

鈴木真太郎(岡山大学文明動態学研究所 講師)

参考文献;
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2020 Aj atz’aam, “los de la sal”. El uso de la sal en la ciudad maya de Calakmul. Estudio de Cultura Maya 55:11-40.

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2010 Salt Production and Trade in Ancient Mesoamerica. In Pre-Columbian Foodways:Interdisciplinary Approaches to Food, Culture, and Markets in Ancient Mesoamerica, edited by E. Staller & M.D. Carrasco, pp. 175-190. Springer-Verlag, New York.

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